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闘魂 サバイバル生活者のブログ

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マスコミに流れないタブー

マスコミに流れないタブー


神州の泉からコピペ。年次改革要望書が生まれた経緯と題する記事から年次改革要望書に関する部分をピックアップ。

年次改革要望書については本当に信じられないことだが、神州の泉のこの記事で言い尽くされている。

こんなことがあってもいいんだろうか。全く信じられない。官僚も信じられないが、マスコミも信じられない。政治家もほんとどうしようもないね。

支配層に、骨のある、志の高い人間はいないんだろうか。

政治って国民が安心して暮らせる社会を築くことやろ。なんでこんな簡単なことがわからんようになったんや。

こんなんでええんか、ニッポン!!


以下、引用。

…それにしても年次改革要望書は二重の意味で陰湿である。一つはアメリカが日本の構造について大声を上げなくなったと言うか、上げる必要がなくなったことにも関連するが、日本の規制緩和に関する伝書的イニシャティブを布設したために、アメリカの要望が国民に見えなくなってしまい、ごく一部の日米政府関係者同士(外交官)でしかこの協議が進行しなくなったことだ。特に悪質なのは日本政府が故意にこの「要望書」の存在を国民に隠蔽していることだ。年次改革要望書については、政府がマスコミに対して故意に報道管制を敷いているとしか思えない。政府の中枢がこれを隠蔽する直接の証拠は国会における竹中平蔵氏の答弁に端的に現われている。竹中平蔵氏は2004年10月19日の衆議院予算委員会で「要望書の存在を存じ上げております」と答弁したが、翌年2005年8月2日の参議院郵政特別委員会では「見たこともありません」と断言している。竹中氏が一旦は衆院予算委員会で年次改革要望書の存在を認めながら、参院郵政特別委員会ではそれを見たこともないと言ったことは、裏を返せば郵政民営化がアメリカの意向で行なわれていることを国民に知られたくないということだ。この事実からして、政府中枢が年次改革要望書の存在を国民に明らかにすることを一貫してタブー視していることが見えてくる。

 理由は何だろうか。それは内容を国民がつぶさに吟味して、後に政府主導の政策と照らし合わせると、日本で次々と策定され、実現されて行く重要な法案が、この要望書に従って生まれていることがわかってしまうからだ。これは日本がアメリカの植民地であることを国民に如実に悟らせてしまうことになり、それによって巻き起こる反米的世論形成を政府が恐れているからにほかならない。いくらお人よしの日本人でも、日本の実態がアメリカを宗主国とする植民地だったという現実には到底耐えられないだろう。

 日本に対し、系列会社の存在や談合を厳しく非難する米国が、年次改革要望書という一部の政府関係者同士で交わされるこの重大な外交文書は、まさしく国際的な談合そのものだ。しかも談合の主導権は完全に米国側にある。もう一つはアメリカ大使館がこの要望書の存在を公開しているにも関わらず、日本の政府やマスコミはいっさいこれを国民に知らせないことだ。GHQのプレス・コードがいまだに継承され続けている証左である。基本的には小泉構造改革は戦後のプレスコード環境下と同一の条件で行われたものだ。つまり、郵政民営化についても国民は知るべきことを知らないままに、賛成か反対かの選択を強いられ、マスコミが反対の材料を極力報道しない中にあって、国民は賛成傾向で投票を行なった。こういうことはまともな主権国家で起こるはずがない。日本が戦後62年間、自覚することを拒み続けていたことを、小泉政権の鮮明な傀儡政策によってまともに向き合わざるを得なくなっている。つまり、日本はある日気が付いたら主権は存在していなかったということである。歴代政権や国民が強いて考えなかったことの付けが今現われてきたとも言える。

 この年次改革要望書に従って行なわれた数多くの規制緩和は、日本の構造改革という美名の下に日本の国内問題に特化され、その内実がアメリカによる国富収奪であることを覆い隠してしまった。つまりアメリカに従うエージェントたちは、国内問題の解決だという論理のすり替えによって、国家存亡事態である国富の流失を加速するシステムを構築してしまったのだ。莫大な郵政資金の国外流出を中心に、我が国のありとあらゆる優良資産が米系外資の懐に入っていく現状はまさに国家の危急存亡そのものだ。小泉・竹中路線が推進した構造改革とは、国民に利益をもたらすどころか、逆に国民の財産を海賊に捧げるようなものであった。この悪魔の構造改革路線が、安倍政権から福田政権へといまだに継承されていることが大問題なのだ。

 国民は年次改革要望書が成立した過程をきちんと自覚した上で今後の対処を考えた方がいいだろう。つまりこの要望書の生まれる起源は、日米貿易摩擦であり、アメリカの戦略の凄さは、露骨な外圧で日本の反感を誘うことよりも、日米間の平和的な協議という範疇に収め、日本人が自ら主体的に考えてやったような形を取り始めたということだ。無用な反米感情を生まずに米国の願望を実践するという方法は多大な効果をもたらした。つまり、年次改革要望書の成立経緯は、日米貿易摩擦が起きて日米構造協議が生まれ、スーパー301条なる無茶苦茶な制裁法案が提出されて日本の反感を招いた。その後ブッシュ・シニア大統領からクリントン大統領に移った時、日米包括経済協議を立ち上げて数値目標を設定するなどというごり押しをして、アメリカは日本の大反発を食らった。そういう経過を踏まえたアメリカは最も狡猾な対日戦略を考えた。その結果、全体としては日本の構造そのものが間違っている、特に日本政府がマーケットに介入しすぎだという論法を日本側に納得させたのである。納得した日本も情けなかったと思う。もっとも、納得したのは一部の政府関係者だけだったが。国民はこの時点でアメリカの内政干渉的な構造批判について無頓着だった。関岡氏の言うように、この時点で国民は、日米構造摩擦の喧騒が収まって事態はいい方向に進んでいると受け止めていたと思う。かくして規制改革を日本人の自主判断で行うという名目の下、米国は『規制緩和及び競争政策に関する日米間の強化されたイニシアティブ』という対話路線を立ち上げた。これが年次改革要望書である…


2007年12月1日 根賀源三


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